Y子という女

伝言ダイヤルがブームらしい。先日世間を騒がせた伝言ダイヤル睡眠薬致死事件でいきなり注目され、バッシングで廃れてしまうかと思いきや、今を生きる若者には「伝言ダイヤルってそんなに簡単に会えるんだ」という風に理解されたようで、実際私もそう思ったのだが(笑)、アクセスが激増している。
諸説あると思うが伝言ダイヤルブームはこれで第3世代だと私は思っている。

第1世代がいわゆるNの無料サービスの伝言ダイヤル。#8801とかそんな感じだったっけ?本来は自分専用のBOXを作って知り合い同士でメッセージ交換するためのサービスなんだけど、BOX番号が数字で4桁から8桁とかだったから「00000000」とか「11111111」とかのBOXがいつの間にかオープンBOXになって、そこにまず自分のメッセージを入れて相手からのアクセスを待つってやつ。私が浪人してたときだから今から10年くらい前か。当時はやたら悶々としてたけど今一度胸がなくてもっぱらメッセージを聞いてた。時々あえぎ声とか入れてる女もいて、そういうのばかり探してた(笑)。最後はNが単純な番号のBOXを規制したかなんかして廃れたはずだ。

第2世代はまたしてもNのこれまた悪名高きサービス「ダイヤルQ2」内で様々な業者が提供した伝言ダイヤルサービス。ちなみにQ2と書いているが正式には「ダイヤルキュー」と読む。男性はダイヤルQの番号に電話をかけさせ、女性はフリーダイヤルの番号からアクセスする。この時期に既に現在のサービスの形は確立されていて、オープンBOXが最初から設定されており、そこにメッセージを入れ、あるいは相手のメッセージを聞き、自分のBOXへのメッセージを待つ、あるいは相手のBOXへメッセージを入れる。私が大学の時が全盛だった。ダイヤルQは情報料の請求をNが代行するシステムであるため、子供が使用した情報料が何十万円にもなり、親がその支払いを拒否し裁判にもなった。その結果現在はアダルト番組は厳しく規制され、伝言ダイヤルはダイヤルQ2から姿を消す。

その後銀行振り込み等の支払形態を模索しつつ伝言ダイヤルは生き延び、現在の第3世代のブームとなる。実は第3世代はさすがに私も現役で遊んでいないため状況は掴めてない。伝言は夜中ずっと起きていられるような生活サイクルの人間がもっとも有利で、さすがに今手を出しても金損するだけだ。実際2年ほど前に1万円分くらい遊んでみたことがあるが(笑)、なんの収穫も無かったね。

私がもっとも現役ではまってたのは上記の表現を使うと第2世代の時。まあ大学生だったってこともあり暇を持て余していたからね。しかもダイヤルQ時代。Nの祇園営業所から、「お客様の今月の通話料は4万円を超えておりますが、そのほとんどがダイヤルQ情報料によるもので、ご希望でしたらダイヤルQの使用を禁止するように設定することも可能ですが・・・。」という電話をいただいたこともある(笑)。もちろん止めなかったけどさ(笑)。

何人かとは実際に会ったし、結構みんな普通の女の子だった。
その中にY子という女がいた。

電話番号が私のBOXに入ってたので電話した。なんかやたらとけだるい声だったけどそのうち打ち解けた。かなり長いこと喋ったが、向こうは私の声が気に入ったという。是非会いたいという(笑)。まあよくありがちだが声とルックスは一致しない。少なくともルックスが声から想像していたイメージを上回ることはほとんど無いのだよ。

真っ赤な車で待ち合わせ場所に現れたY子はやたら派手な格好をしていた。いかにも高級そうな毛皮のコートにミニスカートのスーツ。でもなんかそれが当たり前と思わせるような雰囲気があった。
車の中で少し話したが電話で盛り上がったテンションはどこへやら(笑)。なんか「帰ろうか」という雰囲気になり家まで送ってもらった(笑)。

その後ちょうど彼女もいなくて暇だった私は何度か電話したけど、下がったテンションはもとにもどるわけもなく無駄な会話に終始した。
たぶん嘘なんだと思うが、「ナンパされた男についていったら数人にまわされた、でもむちゃくちゃ感じた」とか「この間知り合った男が東大卒のバリバリのエリートで」とかいう話を散々聞かされた。
一度「あたし童貞がすきやねん。紹介して。3Pしよ。」と言われ友達つれて待ち合わせ場所に行ったあげく、「あたしのタイプと違うし・・・」と帰られたこともある(笑)。

京都を去る時なぜか「手紙書くし、住所教えて」と言われたので教えたら、しばらくして本当に手紙が来た。なんとアメリカからだった。
そういえば「アメリカに留学したいねん」とか言ってたけど、Y子の話をほとんど信用してなかった私は留学も嘘だと思っていた。手紙には知らない国で心細いといったことが書いてあった。まだ疑ってたので、一応消印とか確かめた(笑)。どうもアメリカに間違いないらしい。

適当に励ましの返事を書いたような気がする。そしたらいきなり国際電話で電話してきた。
「あの手紙でむっちゃ励まされた。ありがとう。」
ということらしい。実際ちょっとうれしかった。だって国際電話だぜ(笑)。
日本時間の土曜日の真っ昼間に電話してくるところが時差を感じさせて本当っぽい(笑)。
そう、まだ私は疑っていた。

何度も手紙が往復した。写真も送ってきた。いかにもアメリカらしいでっかいカボチャといっしょに写っている写真とか、ホームステイ先の家族とか。へえ~っ、やっぱアメリカにいるんだなと思った。
Y子とのこんなやりとりも6年目に入り、去年あたりから手紙がメールに変わった。相変わらず「韓国人の彼氏」とか「ハーバード大卒のエリート」とか嘘っぽい話が多かったし、「黒人はすごかった」とか下ネタ攻撃も時々交えて来るので会社で読む私は困った(笑)。

今年の正月、少し遅いクリスマスカードが届いた。
米国四年制大学卒業記念写真だった。
ホンマにアメリカでがんばっとったんやなあ・・・。

相変わらずY子の素性は全くわからない。
でもそれでいいんじゃねえか、って思えるところが伝言ってことかな。

(1999.02.17)